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大阪高等裁判所 昭和50年(う)253号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

〈前略〉

控訴趣意第一点、理由不備又は理由齬齟の主張について、〈省略〉

控訴趣意第二点、訴訟手続の法令違反(一)の主張について。

論旨は、原判決は、証拠として本件の逮捕、捜索、押収にあたつた警察官である原審証人曾崎重、同伊藤喜由、同間島昭二の各供述を列挙している。しかしながら本件の逮捕、捜索、押収手続の違法性については、原審における鉄棒等に対する証拠排除決定によつて明らかな如く、警察官らが、被告人逮捕理由である鉄棒携帯事実の確認をしたかどうかは、はなはだ疑わしいものであり、右逮捕は、刑事訴訟法二一二条所定の現行犯逮捕の要件も準現行犯逮捕の要件も具備していないのになされた無令状逮捕であるから、憲法三三条に違反する。それゆえ右逮捕後派出所内において、被告人の所持品に対し、逮捕に伴う捜索、押収として無令状でなした捜索、押収も刑事訴訟法二二〇条違反にとどまらず憲法三五条に違反する。

そうすると、右間島、伊藤、曾崎の三警察官の逮捕以後の供述部分は、憲法に反する逮捕、捜索、押収によつてはじめて得られた認識に基づくものであるから証拠とすることができないものである。

しかるに、原判決は、証拠とすることができない右各供述部分をもつて事実を認定しているのであるから、訴訟手続の違法があり、しかも右各供述部分なしで被告人を有罪とする証拠はないから、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。というのである。

所論にかんがみ記録により案ずるに、原審は所論のような理由で証拠調ずみの鉄棒等の証拠物に対する証拠調決定および領置決定を取消し、証拠物に対する取調請求を却下し証拠物を検察官に返還していることが認められるが、逮捕、捜索、押収にそのような重大な違法がある場合は、その結果得られた証拠物自体のみならず、かかる逮捕、捜索、押収によつて得られた捜査官の証拠物についての供述も、証拠とすることができないものであると解すべきであるから、原判決が前述のような理由で証拠物を証拠から排除しながら、一方において捜査官たる原審証人曾崎、同伊藤、同間島の各供述を限定なく証拠として列挙していることは理解し難い矛盾がある。

しかしながら、果して本件の逮捕、捜索、押収が違法か否かの根本問題について以下検討する。

原判決挙示の各供述証拠によると、京都府綾部警察署警備係長警部補間島昭二は、綾部市収入役で同市神宮町古屋敷二番地に住む塩見光一からの、息子で神戸学院大学生である忠史が神戸市内で学生らに襲われて家に逃げ帰つているが、綾部の家にまで不審な電話がかかつてきたことなどの警察に対する通報やいわゆる中核派の者が神戸市内で綾部市の地図をさがしていたとの情報などに基づき、右塩見方周辺を警戒する状況にあり、昭和四八年一二月一九日午後五時三〇分ころ右塩見方に赴いて異常の有無を聴取した後、同四〇分ころ右塩見方前付近路上で同人方付近を徘徊する不審な挙動の被告人を発見したこと、そして直ちに本署に引返し警察官手帳と懐中電灯を準備するとともに、かねて右塩見光一および忠史から事情をきき、忠史からは家に電話がかかつてきているので、中核派からいつ襲われるかと恐れている旨をもきいていた伊藤喜由巡査部長に対し、綾部の者でない不審な者がおる旨を報告し、同人とともにさきに被告人がいたあたりへ引返して捜すと、同日午後六時ころさきほどとは若干離れた地点であるが、やはり右塩見方前付近路上を徘徊し続ける被告人を発見したこと、そこで間島警部補が主となり二人で被告人に対し「どちらに行かれるのですか」などと職務質問をしたが、被告人は「なんできくんや」などといつて質問に答えないので、その態度や綾部の者でない言葉なまりから不審を深め、質問に答えるよう説得を続けるうち、被告人は質問に答えないで国鉄綾部駅の方向に向つて歩きだしたので、両警察官は警察への協力を求めて説得と質問をしながら被告人に追随して綾部駅前まできたこと、同所で間島警部補らがすぐ近くにある駅前警察官派出所にゆき椅子に座つて話せない理由をきこうなどと説得していたとき、突然被告人が東方へ向つて走り出したので、両警察官は一段と不審の念を深め、そのあとを追いかけ、なお、伊藤巡査部長は走りながら派出所前に立つていた曾崎巡査に対し声をかけ手招きをしたので同巡査も事情がわからないままあとを追つたこと、被告人は東方へしばらく走り綾部電報電話局のところから北へ曲りその東側道路を北進したが同局北側路上で転倒し一回転して坐つたような形になつたこと、そのとき間島警部補は被告人の着用しているレインコートの左腰あたりに、内側から突き立つ物のある様子がみえたので、被告人に近づき「これ何や」といいながらレインコートの上からふれると堅い物であつた。そこで後方から被告人を抱き起し、レインコートも背広上衣もボタンがはずれていたので、その堅い物を「何か見せてみい」といいながら無言でいる被告人の前の方からみると、白い布で巻いた鉄棒と思料される物を靴下の袋に入れ、背広上衣下の左脇下に肩からつるしているのを現認したこと、伊藤巡査部長は間島警部補が被告人を拘きあげる際、被告人の前方からボタンのはずれているレインコート、背広上衣の下に白い棒様のものの先をみて鉄パイプでないかと直感したこと、そこで間島警部補は、被告人を軽犯罪法違反の現行犯人と認めて「逮捕する」旨告げ、被告人が左肩からつるしている鉄棒と思料される物を一寸引張つて「これ押収や」といつたこと、伊藤巡査部長は逮捕にあたり先ず被告人が終始左手をつつこんでいるレインコートの左ポケット内に兇器を隠しているのではないかと思い、同ポケット内をさがして白手袋の入つているのを確認したこと、若干遅れて馳けつけた曾崎巡査は間島警部補の逮捕する旨の言をきいて捕逮に協力し、被告人の右後方あたりから被告人の右手をつかむなどしたこと、三警察官が協力して被告人をその場で逮捕したがいずれもその際手錠を携帯していなかつたため手錠はかけなかつたこと、そこは路上であり被告人が左肩からつるしている鉄棒と思料されるものを取りあげるにはレインコートおよび背広上衣を脱がせる必要があり、また近くに派出所があるので、その場でこれを取りあげず、被告人の着衣をそのままにし、三警察官が協力し、左右から被告人の手をつかむなどして連行し、数分後約一二〇メートル離れた駅前派出所に到着したこと、同派出所で被告人のレインコート、背広上衣を脱がせ、本件の鉄棒等を被告人の肩からはずして取りあげたこと、本件の鉄棒は昭和四九年四月六日ころ綾部市で塩見忠史が襲われて頭部等に受傷した現場付近において遣留物として発見されたところの、鉄筋用の鉄材を特に短かく切つたと思われる長さ約四〇センチメートル、太さ約1.9センチメートルで包帯様のもので巻いた、人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような鉄棒と全く同様の物であること、などが認められる。

所論は、原審証人曾崎の派出所に連行するまで逮捕理由がわからなかつた旨の供述などをもつて、原審証人間島の供述は信用できないというが、前述のように、曾崎巡査は伊藤巡査部長の手招き等により事情がわからないまま遅れてあとを追つたものであること、間島警部補が逮捕する旨告げてからはじめて逮捕に協力し、かつレインコートおよび背広上衣の下に左肩からつるしていた本件鉄棒の反対側である右後方から被告人の右手をつかむなどして連行していること、曾崎が逮捕に協力する以前に間島が被告人が隠し持つている鉄棒と思料されるものを現認し終つている状況であること、逮捕地点から派出所までは被告人の服装をそのままにして連行したものであり、間島らに応援の一巡査である曾崎に対し事情を説明すべき格別の理由もないことなどを考えると、曾崎巡査が派出所に連行するまで逮捕理由がわからなかつたとしても、間島警部補が何も現認せずにともかく何が何でも逮捕したということにはならない。また所論は、原審証人伊藤は白い物の先の方をみたのみであるから、これをみて鉄パイプと思つた旨の供述は信用できないし、同証人は間島が現場で鉄棒を確認したかどうか知らない旨述べているから、間島の供述は極めて疑わしいというが、前述のように塩見忠史から事情をきいていた伊藤巡査部長が、上衣の下に隠す白い棒様のものの先の方をみて、研修できいている鉄パイプでないかと直感することは自然で合理的根拠のある供述であり、また間島と伊藤は協力し、被告人の身体に接触するにあたつてはおのずと分担しあい、間島が被告人の前方から本件の鉄棒を現認しているころは、伊藤の注意は被告人が左手をつつこんでいるレインコートの左ポケットあたりに集中し、続いて同ポケット内をさがしている状況であるから、間島がその場で鉄棒を現認した状況を伊藤が知らないからといつて、直ちに間島の供述が極めて疑わしいとはいえない。しかも間島警部補は最も責任ある地位、立場で一番密接に被告人に接していたのであるから、間島の供述が伊藤、曾崎の供述に比べて詳細であるのは合理的根拠のあることであり、間島の供述は三警察官中最も明確で安定しており、内容も理路整然としているから、同人の供述には信用性が認められる。

そうすると、右の認定事実によると、間島警部補らの職務質問が警察官職務執行法二条に基づく合法のものであることは、前示態様に照らし明らかであるところ、右職務質問中逃げ出した挙動不審の氏名も住居も明らかでない被告人を追跡中、間島警部補は、被告人が綾部電報電話局北側路上付近で転倒した際白い布で巻いた鉄棒と思料される物を靴下の袋に入れ、背広の下の左肩からつるしているのを現認し、軽犯罪法一条一号に該当する罪を犯していると疑うに足りる相当な理由があると認め、逃亡する虞のある被告人に対し逮捕する旨を告げて、その場で三警察官が被告人を逮捕したのは刑事訴訟法二一三条、二一二条一項所定の適法な現行犯人逮捕であり、本件鉄棒等の捜索、押収についても、間島警部補は被告人のレインコートの上から突き立つ様子の物にふれて堅い物であることを知覚し、抱き起してレインコート、背広のボタンがはずれていたので、「何か見せてみい」といいながら無言でいる被告人の前の方からみると、白い布で巻いた鉄棒と思料される物を靴下の袋に入れ、背広の下に左肩からつるしているのを現認し、これを前記軽犯罪法違反の被疑事実として逮捕する旨を告げるとともに右鉄棒と思料される物を一寸引張つて「これ押収や」といつて押収に着手したが鉄棒等を取りあげるにはレインコートおよび背広上衣を脱がせる必要があるところ、そこは路上であり場所柄執行に不適当であつたため、そのまま直ちに約一二〇メートル離れた駅前派出所に連行し、逮捕の数分後同所において服などを脱がせて逮捕被疑事実の証拠物である前示鉄棒等を被告人の肩からはずして取りあげ、押収手続を完了しているのであるから、鉄棒等の占有を現実に取得する執行手続が逮捕地点の路上でされず、派出所で行なわれていても、逮捕地点における押収の着手、派出所内の執行は、円滑に行われるが、路上の執行は、被告人に不利、不体裁であるばかりか、捜査官にとつても抵抗その他不測の事態を招来し、スムースに完了しがたい虞れのあつたこと、逮捕被疑事実と押収物の関連性、押収の対象物の同一性、逮捕地点と派出所の間における時間的接着、場所的近接等からいつて、本件鉄棒等の捜索は勿論、押収についても、刑事訴訟法二二〇条一項にいうところの、現行犯人逮捕の場合に逮捕の現場でなされた捜索、押収にあたるものと解するのが相当である。

してみると、本件の逮捕、捜索、押収はいずれも適法なものと認められるから、原判決が証人間島、同伊藤、同曾崎の各供述を、逮捕以後の述供部分をも含めた全部につき証拠能力のある証拠としたことは、結局において適法であるということができる。そうすると、所論は、その前提を欠く失当のものであつて、原判決には所論のような訴訟手続の法令違反の誤はない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三点、訴訟手続の法令違反(二)又は事実誤認の主張について。〈省略〉

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(矢島好信 吉田治正 朝岡智幸)

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